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母の死去から、少し時間が経ちました。
前回ブログを書いた時は、正直、葬儀をやり終えた「達成感」なんて感じていたのですが、
10日ほど経ち、だんだん「やるせなさ」「むなしさ」を感じるようになってきました。
「これで良かったんだろうか」という思いが巡っています。
母は十分すぎるほど頑張っていました。
でも自分は、頑張っていたのだろうか。
母の思いに応えていたのだろうか。
もっと、仕事を投げ出してそばに居た方が良かったのだろうか。

でもそれは出来なかった。
久しぶりに、母に対する思いを書いたここのブログを読み返したけど、
自分にはそれが出来ない思いが綴られていた。
母に対する複雑な思いと、病に対する怖さと、自分がやりたいことをやりたいという自己中心さと、
自分が倒れたくないという過剰な警戒心と。
やはり、親子なのに、距離を取りすぎていたのだろうか。
でも距離なく介護に徹していたとしても、
こんな風に思うことは避けられなかったのではないだろうか。
どんなに母の寄り添っても寄り添い足りないほど、
やはり、母の死を残念に、残念に、思ってしまうのではないだろうか。
それが、母を失った自分の「喪失過程」ではないだろうか。

「自分が出来るだけのことをした、という思いもある。
でも、もっと出来たんじゃないだろうかという思いもある。
こんなとき、人によっては、何かのせい、誰かのせいにするだろう。
でも、私は出来ればそうしたくない。自分のせいと思いたい。
だから苦しむだろう。葛藤するだろう。」

四十九日たてば、思いが整理できるというけど、本当かな。
その頃どっと疲れが来るというのも、本当かな。
親を失った時の心境、戸惑いながらもそんな自分をじっと観察したいと思います。
、、、観察方法として、ブログを使わせてもらいますね。。。
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